マウスの実験から木造とコンクリート造を考える

住まいはやっぱり木造戸建てがいい!とおっしゃる方は多いのですが、なぜなのか?という理由を聞いてみるとぼんやりしているケースがままあります。

『家はやはり木造戸建てに住みたいから』、『木造の家のほうが自然な感じがするから』・・・etc

その中で、コンクリート造のマンションより木造の戸建てのほうが体によさそう、という声が根強くあります。言いたいことはとってもよく分かります。ある面では確かに正しいのですが、ある面では完全に間違っています。

ここではもう30年以上前に行われた、マウスを使ったとある実験をご紹介しながら、住まいの構造と人の健康について考えていきたいと思います。

生物学的評価方法による各種材質の居住性に関する研究(1987年 静岡大学農学部)

(↑こちらの画像をクリックすると論文のPDFが読めます)

まずは静岡大学が1987年(昭和61年)に行ったマウスを使った実験をご紹介します。論文は今もPDFファイルで読むことができます。

実験内容を簡単に説明すると、木製、コンクリート製、鉄製の箱それぞれにマウスを入れ、成長から繁殖、さらには第2世代の仔マウスの成長を観察する、というものです。で、実際にその実験の結果だけを先にみてみましょう。

第二世代の仔マウスの23日齢の生存率を見てみると、

木製ケージ 85.1%
コンクリート製ケージ 41.0%
金属製ケージ 6.9%

という結果になりました。木製の箱では85%も生き残ったのに、金属の箱ではたった7%ほどしか生き残ることができなかった、ということになります。

この実験データはその劇的な数字から当時話題になり、木の家を建てる建築メーカー、無垢材の建材を売る材木業者はこぞって喧伝しました。

そもそも木の家のほうが何となく体に良さそう、と誰でも思っているところにこのデータですから、木の家なら健康になる、どころか、木の家に住まないと死んじゃうよ、ぐらいな勢いだったわけです。この実験が木造住宅業界に与えた貢献度は素晴らしいものだったと思います・・・

熱伝導率が体に及ぼす影響

さて、そんな劇的な結果が出た実験ですが、よく論文を読み込んでみると違った視点が浮かび上がってきます。
論文の最後、考察の部分を少し抜粋してみます。

・・・材質によるこのような差の原因のうち、主要なものとして考えられるのは、温度及び湿度である。

・・・ケージ材質の表面温度を測定したところ、ケージ材質間の差は1℃内外しかなかったので第2世代に見られた顕著な差は材質による熱の奪われ方の差が最も大きいと考えられた。

・・・被毛を持たず、しかも体表面積が大きく、さらに、体表面と床面を絶えず接触しているマウスの新生仔の場合は床面からの伝達による熱損失が大きいものと考えられる。

・・・乳仔の体表面温度を測定すると、木製ケージは平均して34~35℃を保っていたが金属製ケージでは約30℃、コンクリート製ケージでは約27℃と体温の低下が明らかに起こっており・・・

・・・これらの結果を、巣内温度及び乳仔の体表温度測定結果と考え合わせると、動物の体と材質との接触面での熱損失の差が動物の熱代謝に大きな影響を及ぼしたものと思われる。

これらの考察をまとめると、仔マウスの生存率に差をもたらせたのは

体に触れる素材の熱伝導率等の違いによる、熱の奪われ方の差である

ということです。つまり箱の素材によって生存率に差がでるわけではなく、最も肌に触れる部分である床材の熱伝導率が重要、ということになります。

ではこの実験に使われた素材のそれぞれの熱伝導率をみてみます。

各材質の熱伝導率
(熱の伝えやすさ→奪われやすさ)
木(ヒノキ) 0.12W/m・K
コンクリート 1.6W/m・K
亜鉛鉄板 44W/m・K

熱伝導率(熱の奪われやすさ)を比較すると、コンクリートはヒノキの13.3倍、亜鉛鉄板は366.7倍にもなります。

例えばコンクリートや鉄板の上に素足で居る状態を想像してみると、そんな状態で何日も放置されるのがいかに過酷かよくわかります・・・冷静に考えるとめちゃくちゃ可哀そうな実験ですよね・・・

まとめると、この実験で分かったのはあくまで床の材質が及ぼす影響だけであり、

木造かコンクリート造かが住まい手の健康に関わるかどうかなんてことは分からない

ということです。

マウスを用いた床材性能評価の試み(1988年 静岡大学農学部)

(↑こちらの画像をクリックすると論文のPDFが読めます)

さて、ここでもう一つの実験を見てみたいと思います。先ほどの実験で得られた知見をもとに同じ静岡大学が翌年に調べたものです。こちらも論文がPDFで読めます。

初年度はマウスを材質の異なる木製,金属製およびコンクリート製の3種類のケージで飼育し,マウスに起きる生物的反応によって居住性を客観的に評価することを試みました。その結果,生理的,心理的に非常にデリケートな分娩から哺乳期における乳仔の成長や臓器の発達は,マウスの体表面が絶えず接している床材料に強く影響され,熱を奪い易い材料ほど劣り,居住性,特に床材料の性能を評価する方法として有効であることが示されました。そこで次に,繁殖性や乳仔の成長が劣ったコンクリート製ケージの床面に材質の異なる内張りを施し,マウスの成長,繁殖および嗜好性が床材料とどのような関連があるか検討しました。

と冒頭で書かれていますが、まさにこれが最初の実験のまとめ、ですね。そこをもう一歩掘り下げて、コンクリート製ケージに色んな床材置いたらどんな結果になるんだろう?という実験なわけです。

使われた床材は、合板、塗装合板、クッションフロアー、床材なしのコンクリートそのまま、そしてヒノキの木製ケージの5種類です。

まずこちらが仔マウスの生存率です。Aの木製ケージが最も生存率が高く、5%程度の差で合板やクッションフロアが続き、コンクリートがかなり低くなるという、一回目の実験の結果を裏付けつつ、多少なりとも無垢材と合板やクッションフロアでの差も出るんだね、という内容になっています。

やはり熱の奪われ方が大きく影響する、ということですね。

それぞれのケージのオスとメスの臓器の重さを比較した表。

精巣,卵巣・子宮といった生殖器で顕著な影響が認められます。生殖器の発達は体重増加の割合が高かった順に対応し,木製,合板床ケージ群が優れており,コンクリート製ケージ群が最も劣っています。木製ケージ群に比べコンクリート床ケージ群は約30%も小さい結果となっています。

ここでもやはり床の素材によって成長が変わることが分かります。やはり体を冷やすのは良くないってことでしょうね・・・

また,コンクリート床ケージ群のマウスは脂肪が多く確認されました。これは冷たい床から体温の低下を保護するため,自己防衛の意味で脂肪を蓄積したものと考えられます。

面白いのがここ。熱を奪われまいと脂肪を蓄えるのか・・・これって冷たい床の家のほうが太りやすい、なんてことだったりするのかしら・・・汗

こちらも面白いデータ。床材の嗜好性を確認したグラフです。

マウスに嗜好性があるかどうかは別にして,休息の場を選択できるようにしたとき,床材質により差が出るかどうかを検討しました。飼育実験で用いたコンクリート製ケージを用いて,中央に穴を開けた隔壁(合板)で部屋を区分し,各々に異なる材質の床材を内張りしました。床材料はコンクリートむき出し,合板,塗装合板,クッションフロアー,スギ,ヒノキ,アルミ板の計7種類を用いました。

スギ、マウスにも人気じゃん・・・合板とそんなに変わらないけれど・・・面白いのは、スギとヒノキの差合板と塗装合板の差が結構あることですね。

論文によると、ヒノキはどうも製材したてで匂いがきつかったので不人気だったんではないか、塗装合板は塗りたてだったのでこちらも匂いが、とのことでしたが、塗装による体感温度の差が大きいのは間違いないとは思います。

マウスの飼育実験および嗜好性実験から得られました結果は,経験的にある程度予測できるものでありました。今回の結果はあくまでマウスの生理的,心理的反応結果であり,人間の健康におよぼす影響を必ずしも説明するものではありません。
しかしながら,より多くの木材を生活空間の中に取り入れてもらうためには,木材を扱う側の科学的評価の積み重ねが今後とも必要であると考えています。

論文の最後の文章を引用しておきます。あくまでマウスの実験なのでそのまま人間に当てはまるとは限らない、ということだけ理解しておきましょう。しかし素敵な大学だなぁ、静岡大学・・・

熱を奪われにくい家の素材って?

さてさて、ここまで二つの実験結果を考察してきたわけですが、この実験から建物が木造戸建てなのか、コンクリートのマンションなのかが健康に影響するものとは言えないこと、大事なのは肌に触れる部分の熱の奪いにくさだ、ということが分かりました。

この実験から得られた知識をもとに色々な状況を比較して、熱を奪われにくい家とはどんなものかを考えてみましょう。

●無垢材とそれ以外

例えば、

木造戸建だけど・・・床がタイルや大理石

マンションだけど・・・床が無垢の木材

という比較なら、どちらのほうが熱が奪われにくい家といえるのか・・・
まぁ、床全面タイルの戸建てなんてたぶんないだろうけど・・・笑

●無垢材の樹種の違い

構造が同じで、床に無垢材を使うと考えた場合でも、ナラやオーク、チークなどの広葉樹は足触りが冷たく、合板フローリングに近い感じがあります。

針葉樹であるスギとヒノキでも差があったことを考えると、硬い木と柔らかい木では熱の奪われやすさで差があると考えていいと思います。

広葉樹や堅い木の無垢材の床・・・冷たく感じやすい

針葉樹など柔らかい無垢材の床・・・冷たさを感じにくい

もちろん硬い床は傷が付きにくいとか色々いいところあります。

ただね、それって欧米の靴文化から来てるものだと思うんですよ。素足で過ごす日本人には、畳の暖かさに近い針葉樹のほうが合ってるのかなぁ、と個人的に思っています。

●無垢材の塗装方法による違い

もうひとつ。無垢材の杉でも、表面の塗装や加工方法によって冷たさはかなり変わります。

浸透系の自然塗料のワックスなどは無垢材と体感は変わりませんが、塗膜を作ってしまうウレタン塗装や、表面の密度を上げてしまう圧密加工された杉床はやはり冷たく、合板フローリングとさして変わりません。先ほどの実験でも無塗装合板と塗装合板に差がありましたね。

無垢杉床でも・・・自然系オイル・ワックス・無塗装

無垢杉床でも・・・ウレタン塗装・圧密加工

ここでも熱を奪われやすさの差は大きいと思います。

ちなみに傷が付きにくいように、汚れにくいように、ということを考えていくと硬く冷たくなる傾向があると言い換えていいかもですね・・・

●室温と断熱性による違い

さて、ここまでは素材だけの話を見てきましたが、例え無垢の杉材で自然ワックスで仕上げていたとしても、室温が低ければそれに合わせて冷たくなります。逆にタイル床だったとしても、全面床暖房が入っていれば温かくて快適なはずです。

まぁ、床暖房はちょっと置いておいたとしても、冬場は室内が寒い家よりは暖かい家のほうが快適なのは間違いないわけです。

無垢床だけど・・・床が冷たい寒い家

タイルだけど・・・床が温くて暖かい家

素材も大事ですが、せっかくの素材を冷やさないためには、暖房設備だけに頼らずに断熱性を上げることも必要です。

まとめ:どんな構造でも素材の吟味と断熱性は重要

二つの実験といくつかの比較をみてきましたが、どうだったでしょうか?

あくまで無垢材を使ったマンションリノベーションをメインで手掛けている設計者目線の内容ですから、偏っていると感じられる部分もあるかもしれません(木造戸建も設計してるのでそんなことないと思いますが)。

お伝えしたかったのは、戸建てを否定しているわけでも、マンションを勧めようとしているわけでもなくて、やっぱりマイホームは戸建てじゃないと快適な家はできないよなぁ、マンションはやっぱり冷たい感じして嫌だなぁ、なんていう雰囲気だけで家づくりの方向性を決めないで、論理的に物事を判断してほしい、ということなんです。

そして戸建てを建てるにしてもマンションリノベーションをするにしても、冬の寒さが苦手、でも健康的な生活をしたいと考えるなら、素材や仕上げをしっかり吟味して、断熱性にも気を配ってほしい、と思っています。