デザイナー:ハンス・J・ウェグナー(1951)
メーカー:PPモブラー(APstolen)

今回は大物椅子、今までで一番サイズも知名度もデカいかもしれない、ハンス・ウェグナーが1951年にデザインしたベアチェアをご紹介します。たまたまクライアントが10年以上前に購入したヴィンテージをお持ちだったので撮影させてもらえる貴重な機会を頂きました。


べアチェアはテディベアチェアとかパパベアチェアとも呼ばれ、パパには奥さん(ママベアチェア)と子供(ミニベアチェア)もいます。家族のいる幸せな椅子ってこの子以外にいないんじゃないでしょうか。素敵なお父さんです。
ウェグナーは生涯に500脚以上の椅子のデザインをしたと言われていますが、ベアチェアがデザインされた1951年に家具メーカー5社でサレスコというウェグナーの家具を製造販売するネットワークが発足します。
木工の機械加工が得意なカールハンセン&サンにはYチェアを、ベッドなどマットレスに強みがあったゲタマにはGE290を、とそれぞれの会社の強みを生かしたデザインを提供していったわけですが、ベアチェアはクッションの張りぐるみ椅子が得意なAPstolenという会社のためにデザインされました(AP19)。その後、PPモブラー社が製造販売を引き受け、現在はPP19として販売されています。
アヴァンギャルドな師匠と懐古主義的な弟子の興味深い関係

ちなみにベアチェアのお値段、現行品は400万円近くするようです・・・ヴィンテージのAP19が今ちょうどデンマークのオークションに出ていまして、見積が80,000デンマーククローネ、日本円で170万円くらい。手数料と空輸代入れたら250万くらいでしょうか。超高級品です・・・


この価格は素材にも製作にもとても手間が掛けられているのが理由のひとつ。麻の袋で包まれたコイルスプリングを下地に、綿、馬の毛やヤシの葉といった自然素材を使ったクッションが職人の手によってじっくり張られています。住まいでいうなら素材と職人の技術によりをかけた石場建ての木造住宅、竹小舞に土壁に瓦葺きの真壁の家、という感じでしょうか・・・
ちなみにウェグナーはアルネ・ヤコブセンの事務所のスタッフとして働いた時期があるんですが、最新のウレタン成型技術を駆使したエッグチェアをデザインしたヤコブセン、自然素材と職人の技術にこだわったベアチェアをデザインしたウェグナーの対比がとても興味深いです。RC造や鉄骨造のアヴァンギャルドな設計が得意な事務所で学んだスタッフが、独立して土壁竹小舞の家をやるようなものですからね・・・

デンマークには『いつかはベアチェアを』と考える人が多いとか。若いうちに仕事を頑張って成功して、老後はベアチェアが買えるような人になりたい、ということですね。ウェグナーは晩年老人ホームに入る際、自分の部屋にこのベアチェアを持ち込んだというエピソードがあって、たくさんの椅子をデザインしてきた巨匠が最期に選んだ椅子、というのもその理由にあるのかもしれません。
いつか、ベアチェアのオーナーになって暖炉の前で猫撫でながらブランデーとか飲んでみたいなぁ・・・という妄想は今のところ夢のまた夢ですが、永遠の憧れを抱かせてくれる名作の存在ってとても大事だなぁ、と思います。
