CH24 | Yチェア

デザイナー:ハンス・J・ウェグナー(1950)
メーカー:カールハンセン&サン

↑Yチェアは背もたれの形状がY字に見えることでついた通称で、正式名称はCH24。デンマーク家具はアルファベット2 文字の後ろに数字、という品番を付けることが多い。最初のアルファベットは販売社名か制作した工房名、もしくはデザイナーのイニシャル。CHはカール・ハンセン&サンの略

デンマークの巨匠、ハンス・J・ウェグナーが1949年にデザインし、1950年よりカール・ハンセン&サンが販売している、世界で最も有名で、最も売れたと思われるデンマークの椅子です。日本では年に5〜6千脚売れているらしく、全世界売上の3~4割を日本が占めているという、特に日本で人気のある椅子の1つです。

Yチェアが日本で初めて展示されたのが1962年(昭和37年)。その翌年からは銀座松屋で販売が始まったらしく、日本での販売の歴史もすでに60年近く重ねているロングセラーの椅子といえるでしょう。

↑2019 年製の現行品(左・オーク材・ソープフィニッシュ)と1969 年製ヴィンテージ品(右・オーク材・ワックス仕上げ)の比較。1969 年製の背もたれ兼肘掛けの上部笠木の角度は水平に近いが、2019 年製は角度が少し急になっている

椅子の価値は座り心地だけか?

家具に関しては遅咲きの私、Yチェアはたぶん15年前くらい、知り合いの工務店の事務所で初おすわりしました。

今だから言いますが、私ずっとこの子の良さが分からなかったんです。簡素なつくりの割に結構高いし、座面のペーパーコードって肌触りがよくないし、肘掛けはテーブルに干渉するし・・・

あまりにも有名すぎる、というのも敬遠していた理由の1つかもしれません。

特に座り心地に関して、個人的にはよいと思わなかった・・・いや、むしろよくないとさえ思っていました。このときの私は、座り心地のよさこそ椅子の最大の魅力だと信じて疑わなかったのです。

数年前にヴィンテージのYチェアを手に入れて、普段使いの家具として使っているうちに疑問を感じはじめました。Yチェアを座り心地だけで論じていいのか、いや、そもそも椅子って座り心地がすべてなのか?と。

↑1969 年製ヴィンテージ品の座面の裏に貼ってあるラベル。『Y チェアの秘密』の著者・坂本茂さんによると、木部の刻印KD69 は1969 年製で、KD は椅子を組んだ人のイニシャル、刻印上の鉛筆書きサインはペーパーコードを編んだ人のイニシャルなんだそう。Y チェアをお持ちの方、ラベルを確認して当時の職人さんの仕事に思いを馳せてみては

温故知新のデザイン

Yチェアの歴史を紐解くと、ウェグナーがYチェアを生み出せた根底には、リ・デザインというデンマークのデザイン思想があります。

古くから使われつづけているモノにはそれだけ理由があり、古典こそモダンである、という考えがそれ。

ウェグナーは図書館で目にした中国・明代の椅子、圏椅(クァン・イ)から着想を得てチャイニーズチェアをデザインし、そこから派生してYチェアが生まれました。

これって、日本で言うところの温故知新ってやつです。

現代のコンクリートマンションのリノベをやっているくせに古民家を見ることが趣味の私が大好きな言葉の1つです。

例えば建具ひとつとっても、古民家には今では思いつかないような動きや仕組みのものがあって、今のドアや引戸なんかより先進的で驚かされることがしばしばあります。

長い年月や経験から生まれた古典的なものがモダンである、という思想は日本人にとってもなじみやすい考え方だと思います。


↑1969 年製(右)より2019 年製(左)のほうが、座面の高さは2 ㎝ 高い45 ㎝ になっている

思想や背景を考える

Yチェアがデザインされた時代は第二次大戦後のまだ物資が乏しい時代。

Yチェアの複雑に見える部材も実は小さな木材から木取りできるように考えられ、なるべく工場で機械加工できるようなデザインになっています。今やウェグナーの椅子の代名詞となっているペーパーコードも、布やクッションが手に入らない時代の事情に合わせた選択だったわけです。これは今も職人が一脚ずつ手で編んでいるそうです。

Yチェアについて、坂本さんの著書にあるデンマーク家具メーカーさんの説明が非常にしっくりくるので紹介します。

「Yチェアの人気が高いのは、自由でモダンでありながらデンマークデザインの伝統美を持ち、機械加工と職人の手加工が両立していて、手に届く価格であること」(『Yチェアの秘密』より)

Yチェアが、洋風・和風を問わず空間にしっくりくるのは、リ・デザインされた中国の椅子のオリエンタルな雰囲気や、戦後の苦しい時代を過ごした日本人が共感できる部分など、さまざまな要素が私たちの心の琴線に触れるからなのではないか、と。

そういった名作椅子の歴史や思想みたいなものに触れて、デザインや考え方に共感する。これも家具を選ぶ大きな要素です。

そうして手に入れた家具からは学ぶことも多く、デザインの考え方という形のないものを大切にしてほしい、という思想をクライアントに分かってもらえるようになる。それを私に教えてくれたのがこのYチェアなのです。

ですから、絶対にリプロダクトやジェネリックといった模倣品には手を出さないこと。それはデザイナーを冒涜する行為だし、デザイナーである自分を貶めることにもつながると考えています。

椅子を座り心地だけで論ずるのは、住宅を住み心地だけで論ずるのに似ています。もちろん快適性は大事だけれど、それだけでは住宅はとてもつまらないものになる。

デザインやコンセプト、設計者の思想にまで思いを巡らせて住む、それがなければ設計者の存在意義は危ういものになると思います。

↑角度だけでなく、U 字の開きは1969 年製( 上) より2019 年製(下)のほうが狭く、Y 字部材も巾や開口に5㎜程度の違いがある。これらの形状の 違いは、長年制作するうちに形状が変わってきていたものを、2003 年にリニューアル、デザインされた当時のオリジナルに近い形に戻したことによるもの。つまり2019 年製のほうがオリジナルに近いということになる

工務店とYチェアの共通点

温故知新であるとか、うまく木取りをする、工場で機械加工できる部材を組み合わせる、でも最後は手作業が要る、というYチェアの存在そのものが、なんだか木の家を手がける工務店の姿に似てると思いませんか?

ウェグナーは当初、家具職人を目指していて、マイスターの資格を取ってからデザイナーになった経緯があります。

生涯に500脚以上の椅子をデザインしたとも言われていて、試作段階ではまず自分で模型をつくってプロポーションや強度を調べたそうです。そういう背景もまた、工務店上がりの設計者である私がウェグナーに共感してしまうところかもしれません。

最後に、座り心地だけが椅子の価値を決めるものではない、ということについて、宮脇檀さんが著書で書かれている名言をご紹介しておきます。

「椅子のコレクターである私へのいちばん多く、そして最大の愚問は『どの椅子がいちばん座りやすいですか?』である」
(『宮脇檀の「いい家」の本』より)

ここで私からも名言をひとつ。椅子好きな私への最大の愚問は・・・「おしりはひとつしかないよ?」である(笑)。