JH503 | ザ・チェア

デザイナー:ハンス・J・ウェグナー(1914~2007)
メーカー:ヨハネスハンセン

マホガニー材が使われた革張り座面のJH503。障子や和の空間にもすんなり馴染むクセのないデザイン

ハンス・ウェグナーのザ・チェア。当初はヨハネス・ハンセン社にて製作発売されました。

クライアント手持ちの籐張り仕様のJH501。こちらが先にデザインされ、翌年に503が発売。

1949年に籐張り座面のJH501が、1950年に革張り座面のJH503が発売。この1950年にカールハンセン&サン社からYチェアも発売開始、ウェグナーがまさに世に出た時期にデザインされた椅子のひとつです。

ちなみにヨハネス・ハンセン社が廃業したのちは、製作協力していたPPモブラー社が後を引き継ぎ、現在もPP501,PP503として販売されています。

4本の脚がそのまま座面とひじ掛けと背もたれを支えるシンプルな構造

当時、ウェグナーは家具工房それぞれの特徴や特性に合わせたデザインを提供していて、Yチェアは機械加工が得意なカールハンセン&サン社のためのデザイン、そしてこのザ・チェアは家具職人による木の手加工を得意としたヨハネス・ハンセン社に合わせたデザインと言われています。

ひじ掛け端部のアップ。脚との接続部のスリットや複雑な三次元局面のひじ掛けは贅沢で手触りも楽しい

細くて薄い部材から効率的に木取りができるYチェアに比べ、一本に繋がった背もたれやひじ掛けのなどの有機的なフォルムは、かなり大きな部材から贅沢に削り出さないとできない彫刻的な形状であることが分かります。

背もたれの接続部はデザインも兼ねた大きなフィンガージョイント。
JH501発売当初はこの継手デザインは生まれておらず、継手を隠すために背もたれにも籐が巻かれていた

背もたれの継手部は大きなフィンガージョイントをあえてデザインとして見せていて、このデザインは彼の後々の椅子によく使われている技法のひとつです。またひじ掛けと前脚の継手部もあえてスリットを入れていたり、脚全体に持たせたふくらみなどの手加工の細やかなディティールもこの椅子を上品に見せている一つのポイントだと思います。

1961年のアメリカ大統領選のTV討論会にてJH503に座るジョン・F・ケネディ
PPモブラーサイトより引用(http://www.pp.dk/

ちなみにこのザ・チェアは、デンマーク本国よりもアメリカで人気を博し、ジョン・F・ケネディがニクソンとの大統領選の際、TV討論会において腰掛けた椅子として、ウェグナーの名を世界に広めるきっかけとなりました。確かに座面は他のダイニングチェアより一回り大きくて大きい人が多いアメリカで受けそう。ちなみに座り心地は結構普通です。

そんなウェグナーの代表作の一つであるザ・チェアですが、最大のネックは価格。PPモブラーの現行品は定価で一脚70万円前後します・・・

youtubeでザ・チェアの製作工程の動画を見てみると、結構自動機械使いまくってて、これならもうちょっと安くなるだろおい・・・とぼやきたくもなります(笑)

世界中のコレクターたちが求めるヨハネス・ハンセンの焼印

なおヴィンテージ市場にはたくさん流通していて、ヨハネス・ハンセン社製の焼印があるものが好まれています。現行品はオーク、アッシュ、チェリー、ウォルナットの4樹種のみですが、ヴィンテージではチークやマホガニーの個体もあったりしますし、現行品よりも手ごろな価格で流通しています。

さて、このザ・チェア、正直言いましてかなりの高級品。一般消費者への普及を目指したYチェアがカローラだとすると、この子は高級車のクラウンといったところでしょうか。ダイニングチェアとして一通り揃える、というのはよほど余裕がないとまず難しい。

ただ、ザ・チェア、つまり、The 椅子 と名付けられたくらいで、少しクセのあるデザインのYチェアに比べ、後世の多くのデザイナーに影響を与えた一脚。日本でも明らかにザ・チェアをデザインソースにしてるなぁ、と感じる木工家やデザイナーの椅子は多いです。現代の木製椅子のルーツのひとつと言っても過言ではないでしょう。

吉村障子をバックに佇むザ・チェア。普遍的なデザインはいつの世も人の心を打つ

建築設計でも、自分だけのオリジナル、というものはほとんどないわけで、ルーツを探る行為はとても重要だと思います。吉村順三さんを敬愛する設計者は多いですが、では吉村さんは誰の影響を受けていたのか、とか探っていくと、師匠であるレーモンド、もう少し先輩であるアルヴァ・アアルトの建築にも共通点を見出したり・・・その先は・・・とか考える時間はとても大事だと思うのです。

そんなこんなに思いを馳せる時間を、ザ・チェアに座りつつ、もしくは少し離れて眺めたり、裏返してみたり、ひじ掛けをナデナデしたりしつつ過ごす、というのは、デザイナーである我々にとってプライスレスで大事なひとときなわけでね・・・という言い訳を家族にしつつ、お父さんの日頃の頑張りへのご褒美に手に入れて頂きたい一脚だと思います。