デザイナー:カイ・クリスチャンセン(1957)
メーカー:宮崎椅子製作所(Schou Andersen)
かれこれ10年ほど前、家具の知識も興味もなかった私。事務所の椅子を新調しようとしたことから名作椅子に出会うことになった。
当時の私はただ単に見た目が好みだったからという理由で、デンマークのデザイナー、カイ・クリスチャンセンのNo 42を選んだ。
徳島県の宮崎椅子製作所が販売している現行品で、確か8万円ぐらい。
そのときは、椅子ってえらく高いのね…という印象しかなかった。
No 42のデザインは、背もたれを支える肘掛けがそのまま後脚につながるシルエットが特徴。とにかく端正で美しい。
構造そのものがデザインとなっており、その姿勢のよい後ろ姿は、どこか女性的だ。
おとなしいけれど実は気が利く、ちょっと長身ですらっとしていて、目立たないけれど密かに憧れているクラスメート…という印象(キモい…?)。つまり、この椅子はそもそも私の“タイプ”だったのである
現在も食卓や事務所で日常使いしているが、10年間座ってみて実感するのは、この椅子の最大の魅力は座り心地だということ。
座面の中には板が入っておらず、クッションやウェービングベルトだけで構成されているため、柔らかくて、とってもお尻に優しい。
小ぶりな肘掛けは、テーブルに干渉する心配もなく、一方で小ぶりなくせにほどよく肘にフィットする。
少し反り上がったその肘掛けを、私は座りながら気づけばなでなでしている(キモい…?)ほど、触り心地もよい。
背もたれは軸を中心に少し回転するつくりになっており、座る人の背中に合わせて角度が変わる。そのため誰が座っても必ずフィットする座り心地を実現している。
この細やかなディテールや座る人への気遣いもこの椅子の魅力で、私も設計で大事にしたいと思っていることである(ちなみにこの可動部分は強度的な弱点でもあり、ヴィンテージでは背もたれが破損しているものが多い…現行品は金物を使って補強されている。ギミックは壊れやすい、というのも大事な教訓)。
何よりこのようなデザインが70年近く前に完成していたということに衝撃を受けた。
時間を超えたデザインの普遍性というものを、実際に使うことで身をもって体験したのである。こうして、北欧の名作家具やデザイナーを掘り下げはじめ、はまっていくことになる。
↑左から、宮崎椅子製作所の現行品のブラックチェリー&ファブリック、ヴィンテージのローズウッドを革で張り替えたもの、同じくヴィンテージのチークとフェイクレザー。
なお、わが家では最初に買った現行品のブラックチェリーを食卓で、ヴィンテージのローズウッドとチークを打ち合わせテーブルで使っている。ヴィンテージは、今では手に入らない希少樹種が使われていることが多く、木材好きにとってはそれも魅力の1つだと思う。
ちなみにわが家では、No 42はお父さん専用の椅子で、子どもは座ってはいけないことになっている。
建築家・宮脇檀の著書のなかに「お父さんはいい椅子に座れ、子供は座らせるな」と書かれていたのを見て、わが家のルールに取り入れた。
年々、立場が弱くなっているお父さんの威厳を保つためにも、高いローンを頑張って払っているお父さんには、家の中で一番高価な椅子に座ってほしい、という願いも込めている。
そして、自社の家づくりの質を高めるため、よい家具をクライアントに薦めるためには、まずよい椅子のユーザーになるべきだと自分自身に言い聞かせながら、「お尻は1つしかないのよ」とあきれ顔の家族を横目に、暇さえあれば家具屋を巡る日々を過ごしている…(笑)