JH512/PP512|フォールディングチェア

デザイナー:ハンス・J・ウェグナー(1949)
メーカー:PPモブラー(ヨハネス・ハンセン)

オークのフレーム、籐張りの座面と背もたれ。1980年代のヴィンテージ。

今回は巨匠、ハンス・ウェグナーのJH512というちょっとレアなフォールディングチェアをご紹介。

1949年にデザインされ、その年のキャビネットメーカーズギルドという展覧会ではザ・チェアと並べて展示されたとのこと。当初はそのザ・チェアの製作を行っていたヨハネスハンセン社が製造販売していましたが、その後PPモブラー社が引き継いでいます(現行品はPP512)。

ウェグナーは生涯に500脚以上の椅子をデザインしましたが、たためる構造の椅子は数脚しかなくほとんどが廃版のため、現行品として存在するこの椅子は非常に貴重な一脚です。木製でありながらスムーズに折り畳める構造はまるで繊細な彫刻作品のようで、たためる構造ながら、座面が後ろ脚に繋がっていくウェグナー特有のシルエットをしっかり実現しています。

座面端部の手かけがデザインのキモ。籐張りの隙間はザ・チェアの座面でも見られる手法。

比較的直線的な全体構成のなかで、座面を受ける有機的な形状の可動桟にザ・チェアと共通するものを感じさせつつ、座面端部にあしらった持ち手のデザインや、折りたたんで壁に掛けられるフックまでオプションで用意されていて、ウェグナーの研ぎ澄まされたデザイン哲学と遊び心が両方感じられる、そしてどの角度からみても美しい、たためる椅子界の最高峰の一脚だと個人的には思っています。

たたんだところ。
座面下に掘られた溝を桟が走るようになっている。

巨匠のワガママを形にしてみました、という一脚

さて、この椅子ですが、現行品のPP512の定価は150万円くらい・・・超高級品です。たためて壁に掛けられる仕掛けまであり、気軽に出したりしまったりできる機能性がウリなはずの椅子がこの価格って、目指すコンセプトがよく分からないな、と思う方もおられるかもです。正直、私もそう思います(笑)

有機的な桟のデザイン。中央凹部がフックを掛けるところ。

ウェグナーは製作する工房の技術力に合わせた椅子をデザインしたことで有名で、機械加工が得意なカールハンセン&サン社のために考えたYチェアは世界で何十万台と量産されました。デザイナーとしては、作りやすく売りやすい椅子を考えることこそが求められていたでしょうし、そういう意味ではYチェアは大成功だったわけです。

そんな彼のデザインの中で、ザ・チェアをはじめ最も製作難易度の高い、技術力が求められる椅子を担当したヨハネスハンセン社。量産よりも一品生産に近い、職人の経験による手加工が必要とされる椅子を製作していたわけですが、その分コストは高くなるわけで、商売としてはどうだったのか。ヨハネスハンセン社がとうの昔に閉業している現状をみると色々と考えさせられるものはあります。

ヨハネスハンセン社のロゴプレート。発売当時のものは焼印。

このJH512は、たためる構造しかり、籐張りの座面しかり、ウェグナーがあまり使っていない手法が多分に用いられていて、彼にとってもかなり冒険した、挑戦的な一脚だったはず。作りやすさや価格はさておき、信頼できる、技術力のある工房に自分のしたいことを妥協無く実現してもらいたい、という彼の欲求をそのまま形にした一脚といえます。

彼の自邸でもリビングの一番目立つところに置かれている、彼もお気に入りの一脚だったはずで、商売として売れる椅子ではなかったかもしれませんが、今もこうして現行品として製作されているところをみても、マニアなファンの多いウェグナーの隠れた最高傑作だと思います。

キューバチェア(左)との比較。受け桟を省略、座面のR加工もなくしている。

ちなみに以前この講座でご紹介した、モーテン・グットラーが1997年にデザインしたキューバチェアというたためる椅子が、サイズ感、シルエット、細部や金物に至るまで、この椅子に非常に似ています。

明確にリデザインを謳ってはいないものの、巨匠の名作を後世のデザイナーがコンセプトを踏襲、気軽に使えるようにリーズナブルに鋳直した一脚といえます。グットラー本人もこの椅子のファンだったのではないか、と私は勝手に思っています。